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野菜、甘けりゃいいのか

タイトルの通り。

「野菜、甘けりゃいいのか」

これはもう前からずっと思ってた。

本能寺でずっとずっとずっとずっと思ってた。

 

 (以降、大したことないことを大袈裟に言います)

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野菜を収穫した農家が、

「これ甘いから生でも食べられるよ(超ドヤ顔)」

言われるがままタレントがそれを食べて一言。

「とっても甘い!フルーツみたい!(超アホ面)」

 

馬鹿が。舐めんな。

 

このテレビの文脈に則った両者のやりとりは、
なんの疑いもなく視聴者に受け入れられる。

これって実は恐ろしいこと。

農家は野菜の"わかりやすい"アピールポイントとして甘さをチョイスする。

そしてコメントする側は甘さの"わかりやすい"比喩としてフルーツを使う。

このやり取りには、テレビに則っているが故当然言わずもがなのリテラシーが含まれていて、農家は野菜がただ甘ければ良いもんではないということ、そしてタレントはあくまで野菜としての甘さであるということを踏まえた上での発言をしている。

それがとても危ないのだ。

この定番のやり取りはお茶の間に表面的にだけ受け取られ、浸透し、人々の価値基準をジワジワと変えるだろう。

もちろんそれを後ろ盾するだけの現代の農業技術の進歩もめざましい。本当に甘いやつもあるし。

けれどこのままいくと野菜はどんどん甘いものが求められ、子供は本来の野菜の味を敬遠するようになる。そして農家はそれでは売れないので甘い野菜を作ろうとする。

デスベジタブルサイクルの爆誕である。

(画像はイメージ)

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デスベジタブルサイクルが始まってしまえば最後、甘い野菜ばかりがスーパーに溢れるようになり気づいた時にはもうあの頃の野菜の姿はない。 

デスベジタブルサイクルが野菜の概念を変えるのだ。社会への影響も計り知れない。

では我々は、デスベジタブルサイクルを引き起こさない為に何が出来るだろうか?

 

 

…知らん。

そもそもデスベジタブルサイクルって何だ。

カッケェよ。言っててめっちゃ気持ち良いよ。

バンド組むならこれ名前にしたいぐらい。

愛犬に名付けるのも良いかも。

 ってそんな問題じゃない。

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はい。

ここまで雑魚の5流社会学者みたいな事を抜かしましたが私は本当にこの状況を危惧しています。

農家の皆さん、タレントの皆さん、スタッフの皆さん、今の時代は馬鹿ばっかりなので言わずもがなはやめましょう。

しっかりと、

農家「この野菜、近所の農家よりは少し甘いよ」

タレント「わぁ、確かに少し甘いかも!」

テロップ「注:甘いと言ってもフルーツほどではありません」

ぐらいのやり取りをしなきゃ。

でないとデスベジタブルサイクルに飲み込まれてまう。

デスベジタブルサイクルに飲み込まれてまうぞ!!!